萩野公介(ブリヂストン)が瀬戸大也と挑む世界水泳2017で銀メダル!

日本代表トビウオジャパン2017の最強スイマーはリオ五輪金メダリスト・萩野公介(ブリヂストン)主将です。

ブダペストで行われている世界水泳選手権大会2017で、萩野公介の戦いがようやく始まりました。

萩野公介の出場種目は個人メドレー・背泳ぎ・フリーリレーです。200メートルや400もあるので大忙しになることでしょう。

では、ジーニアス萩野公介(ブリヂストン)の世界水泳2017を見ていきましょう!

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五輪金メダリスト・萩野公介の世界水泳選手権2017!

誤算!今季の萩野公介はスランプ真っ只中!

2016年9月に萩野公介は右肘の手術を行いました。その影響は当然あり、練習と試合を満足にこなすことは出来ませんでした。

復帰への不安は、2017年4月の日本選手権での4冠達成で拭えたかのように思われました。

が、200と400メートル自由形は優勝すれども世界水泳への派遣標準記録を切れませんでした。しかも4個メではライバルの瀬戸大也に惨敗しました。

その後も5月のジャパンオープンでは2~5位と歯がゆい結果になりました。ただ2個メだけは優勝しています。

萩野公介のinstagramです↓。

6月の和歌山選手権は自由形でエントリーし、最高が3位と愕然。インタビューで、これほどフリーは難しかったか、とこぼすほどでした。

まだ本調子を取り戻せていないまま、萩野公介の世界選手権2017が始まってしまいました。

不調の萩野公介、男子200メートル個人メドレーで銀メダル!

26日から200メートル個人メドレー予選が始まりました。エントリーは萩野公介とライバル瀬戸大也です。

予選で萩野公介は1分56秒46の全体1位、瀬戸大也は1分57秒55の全体4位で予選を通過しました。萩野公介の2個メ自己ベストは1分55秒07の日本記録です。

同日行われた準決勝で萩野公介は1分56秒04の全体2位、瀬戸大也は1分56秒92の全体5位で準決勝を突破しました。

準決勝の萩野公介の内容は、スタートのバタフライからトップでターンし、背泳ぎで僅かなリードを維持しつつ、中盤の平泳ぎからは集団を振り切ってトップに立ち、最後は自由形で余裕のフィニッシュ。

そして翌日の27日に200メートル個人メドレー決勝となりました。決勝の萩野公介は1分56秒01の2位で銀メダルを獲得しました。瀬戸大也は1分56秒97の5位でした。

萩野公介の決勝の内容は、最初のバタフライでトップに立ち、続く背泳ぎでも他を引き離し100メートルのターンを1位で折り返します。

しかし、平泳ぎでカリシュにトップを奪われ2位へ、ラストの自由形は差が縮まらずに萩野公介は2位、瀬戸大也は5位でフィニッシュ。

決勝の1位はチェイス・カリシュ(米)の1分55秒56、2位は萩野公介の1分56秒01、3位は汪順(中)の1分56秒28でした。

萩野公介はインタビューで、力不足で悔しい、と銀メダルの結果に全く満足していない様子でした。

萩野公介の世界水泳2017、男子200メートル背泳ぎ!

27日に男子200メートル背泳ぎの予選が始まりました。萩野公介と入江陵介がエントリーしています。

予選で萩野公介は1分57秒97の全体12位と低迷、入江陵介は1分57秒21の全体6位で準決勝へ進みました。萩野公介の自己ベストは1分54秒23です。もう3年も前の記録です。

準決勝で萩野公介は1分58秒72の全体14位で準決勝敗退、入江陵介は1分55秒79の全体6位で決勝進出です。

萩野公介の準決勝の内容は、萩野公介が50メートルを2位でターンするも、100メートルまでに失速し、全く奮わずフィニッシュ。

時系列では2個メで銀を獲ってから1時間後に200メートル背泳ぎがあったので、疲れていたのかもしれませんね。

萩野公介の世界水泳2017、男子4×200mフリーリレー!

28日から男子4×200mフリーリレーが始まりました。「男子4×200mフリーリレー」とは、1人200mで男の子4人が交代で泳ぎます。リレー選手は萩野公介、江原騎士、天井翼、松元克央です。

予選の結果は7分9秒66の6位で決勝進出しました。準決勝はありません。

同日の決勝は予選よりも2秒近く縮めるも7分7秒68の5位でした。

決勝の内容は、萩野公介が第一泳者でスタート、期待されていた萩野公介は全く伸びず6位、第二泳者の江原騎士は3位争いに持ち込むも混戦で6位。

第三泳者の天井翼はラスト50で5位へ順位を上げ、最終泳者の松元克央は激しく追い上げるも、4位のオーストラリアを捉えきれずに5位。

決勝の順位は、1位英国の7分1秒70、2位ロシアの7分2秒68、3位米国の7分3秒18でした。

萩野公介はインタビューで、自分自身のできることをやろうと思っていた、と言っていました。この後涙を流していました。

萩野公介の世界水泳2017、400メートル個人メドレー!

30日は萩野公介と瀬戸大也が400メートル個人メドレーにエントリーしています。

萩野公介は世界水泳の4個メで過去メダル無し、瀬戸大也は世界水泳の4個メを2連覇中です。

大会最終日の予選は、萩野公介が4分14秒15の全体7位、瀬戸大也が4分12秒89の全体4位で決勝に進出しました。なお準決勝はありません。

萩野公介の4個メ自己ベストは4分6秒05の日本記録です。瀬戸大也の4個メ自己ベストは4分07秒99です。

大会最終日の決勝は、萩野公介は4分12秒65の6位、瀬戸大也は4分9秒14の3位でした。

萩野公介の決勝の内容は、スタートから萩野公介がトップに立ち50をターンするも、100にさしかかってチェイス・カリシュに抜かれて3位へ。

そこからジワジワと順位を下げ300で5位へ、ラスト50でジェイ・リザーランド(米)に追い抜かれて6位でフィニッシュ。

決勝の1位はチェイス・カリシュ(米)の4分5秒90、2位はダービド・ベールラストー(ハンガリー)の4分8秒38、3位は瀬戸大也の4分9秒14でした。

萩野公介はインタビューで、絶対に強くなると信じて、また頑張る、と言っていました。

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ジーニアス萩野公介のプロフィール!

萩野公介(はぎの こうすけ)は1994年8月15日に生まれ、2017年7月現在で22歳になります。兄弟はなく一人っ子です。

身長177cm、体重71kg、血液型B型です。出身は栃木県小山市です。ニックネームは下の名前からハムです。ハムテルを彷彿とさせます。

萩野公介の出身小学校!

萩野公介の出身小学校!

生後半年から水泳を始め、幼稚園ですでに才能の片鱗を見せはじめました。

小学校は地元の栃木県小山市立羽川西小学校に入学するも、1年生の夏に父の仕事の都合で愛知県に引っ越し、愛知県名古屋市立御器所小学校に転校しました。

名古屋の名門・東海イトマン鯱スイミングスクールへの入校条件が四泳法だったので、萩野公介は小学生低学年ながらにバタフライを身につけることになりました。この試練が萩野公介の礎となりました。

若干2年生の時にジュニアオリンピックで優勝しています。それからまた栃木県小山へ戻り、御幸ヶ原スイミングスクールに入校します。

同じ関東圏の瀬戸大也とは大会でよく競い合うことになります。萩野公介は習い事で他にピアノをしていましたが、中学受験を前にやめています。

萩野公介の出身中学校!出身高校!

中学は作新学院中等部に進学し、同じ宇都宮市に御幸ヶ原スイミングスクールがあるのでスクールに通いやすくなりました。中学時代はTVの「イッテQ」が大好きだったようです。

中学2年時の膝の手術を乗り越え高校進学となる時、母は県内トップの進学校に進むことを望んでいました。

しかし当時中学生の萩野公介は、勉強では1番になれないが水泳なら1番になれるかもしれないと母を説得し、スイミングスクールが近い作新学院高等学校への進学を果たしました。

この御幸ヶ原スイミングスクールには小学校から高校を卒業するまで通うことになります。実家からスクールまで毎日母が送り迎えし、往復で約2時間半かかっていたそうです。

また、母は食事の指導を専門家から受け、食わず嫌いのある萩野公介を食事の面からもサポートしていました。この生活を10年間よく維持できたものだと驚かされます。

高校1年の2010年に日本選手権水泳競技大会があり、400メートル個人メドレーで2位になりました。

高校3年の2012年4月に日本選手権の4個メで日本新記録を達成し、ロンドン五輪の日本代表に選ばれました。

そしてロンドン五輪2012の4個メで、日本新記録を再び更新し3位の銅メダルに輝きました。

萩野公介の出身大学!

2013年に東洋大学文学部に進学し、4月に日本選手権の4個メで日本新記録で優勝しました。

同大会でさらに、2個メを日本新で優勝、200m自由形で優勝、100m背泳ぎで優勝、400m自由形で優勝。萩野公介は日本選手権始まって以来の五冠を成し遂げました。

これがトップアスリートの食事↓です。

2013年7月のバルセロナ世界選手権では、400m自由形と2個メで銀メダルを獲得しました。

2014年のアジア大会では金メダルを4個、銀メダルを1個、銅メダルを2個獲得し、日本人通算3人目の大会MVPに選ばれました。

2015年7月のフランス合宿中に自転車で転倒し、とっさについた右手を衝撃で骨折しました。全治二ヶ月との診断でした。その影響でロシア世界水泳を断念しました。

2016年リオ五輪出発直前↓。気合がみなぎっています。

2016年にはリオデジャネイロオリンピックの4個メで日本記録(4分6秒05)を出して日本人初金メダルを獲得しました。また同種目に出ていたライバル瀬戸大也は銅メダルでした。

さらに男子800mフリーリレーで銅メダルを獲得し、この種目でのメダルは52年ぶりとなりました。2個メでは銀メダルを獲得しました。

2017年に東洋大学を卒業、プロスイマーに転向し、ブリヂストンと所属契約を結びました。北島康介が社長のIMPRINTとマネージメント契約を結んでいます。

2017年7月4日、ハンガリーのカティンカ・ホッスーがプロスイマー協会を設立し、日本からは萩野公介が構成員に含まれています。同協会は選手の発言権を確保するためのものです。

2017年から萩野公介は陸上トレーニングも練習に組み込んでいくスタイルになりました。また瀬戸大也は以前から他のスポーツを練習に取り入れていました。

まとめ

まだ22歳11ヶ月という若さが良いですね。東京オリンピックでは多分日本代表の主将になるのではないでしょうか。余計なプレッシャーにならなければいいですが。

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